Ray Moriya's Journal

Today is the first day of the rest of your life

「助け合い」を強調しないビジネスモデル

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僕がFIIKAでこだわっていることの1つに「助け合い」を強調しないということがある。育児ビジネスというと、近隣住民との「助け合い」というワードがよく登場し、そのようなキーワードでフィードバックをいただくこともよくある。しかし、そもそも資本主義経済自体が消費者と供給者を貨幣でつなぐ「助け合い」のシステムであり、その枠内でビジネスを行うのに、ことさら「助け合い」を強調するのは、「経済的対価を提供できない」ビジネスモデルであることへの正当化であると思う。

これは決してNGOのような非営利組織の存在を否定しているわけではない。市場の不完全性を補完するためには、そのような利益追及を第一の目標にしない運営形態も必要だろう。しかしそれでは、意識高い系の人々にしか届かない。実際に育児業界では「やりがい」を対価とした「善意」モデルを敷いてきたが故に、供給者が集まらず、結果として機会損失を助長してきた。

Google, Amazon, Uber, Airbnbのようなスケールしているプラットフォームビジネスは、その中のユーザーたちはお互いには助け合っているが、決して彼らは「助け合い」ビジネスだとは言わない。Uberのドライバーだって、自分が人を「助けたい」から働いているわけではないだろう。Googleで検索しているユーザーは、検索アルゴリズムの精度向上を「助けたい」から利用しているわけでもない。自分に得があるから行っているに過ぎない。

人間が利己心にもとづいて自己利益を追求すれば、『見えざる手』に導かれて自然調和が図られ、社会全体の利益が達成される

国富論」 アダム・スミス

地獄への道は善意で舗装されている

ヨーロッパのことわざ

僕は育児業界で「神の見えざる手」を作りたい。需要と供給は潜在的には存在しているのに、社会的·心理的制約によって機能しなくなっている業界に対して、「神の見えざる手」となるプラットフォームを構築したい。そこで人々が自分の利益追及のために動けば、自ずと自然調和が図られる。それは困難を伴う茨の道ではあるだろうが、善意で舗装された地獄への道を見て見ぬ振りをし続けるよりはましなはずだ。

FIIKAは地域SNSを志向しない

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僕は地域SNSは流行らないと思っている。ただ現在開発中のFIIKAの話をすると「地域SNSですか?競合がすでにいますよね」という質問を受けることがあるのでここでもう一度整理したいと思う。

FIIKAはそもそも地域SNSは志向していない。僕が提供したい価値はママ同志(将来的にはパパ同志も入れたい)のストレスのない出会いであり、そのママ同士による価値交換の促進だ。
そのサービスは男女の出会い系ではTinderやPairsが代表格で、ビジネスではYentaとなるだろう。マママッチングではアメリカ発のPeanutとイギリス発のMushがある。それらをSNSと呼ぶ人がいないようにマママッチングを軸としたFIIKAも地域SNSには該当しないと考えている。

僕が地域SNSが流行らないと考えている理由は下記だ。

1)情報量ではグーグルには勝てない。
例えば、日本にある地域SNSのフォーラムに投稿されている内容のほとんどはグーグル検索すれば見つかるような内容だ。そのような情報で埋め尽くされた掲示板をわざわざ見たいユーザーは少ないだろう。ユーザー数が少なくなるクローズドな地域SNSで情報量と質、更新頻度で勝てる見込みはない。実際に地域SNSのコミュニティを除いてみると、「参加者:6人」「最終更新日:2017」などよくあることだ。

2)コミュニティではFBには勝てない。
FBでも、例えば「港区ママコミュニティ」を簡単に立ち上げることが出来る。新たに新規にプロフィールを作ることもなく、既存のプラットフォーム上でグループが作れるのであればわざわざ地域SNSに移行するだけのインセンティブがない。

3)本当に重要な情報はパブリックにはシェアされない。
インターネット上で不特定多数(もしくはグループ内での多数)に情報を発信している人は、読む専門の人の1割もいないではないだろうか。経済原則を考えれば、自分が有益な情報を提供すればそれの見返りを求めるのは当然だ。特にそれが保育園の入園や、子連れに優しいカフェなど、キャパシティが決まっているものであれば、その情報が広まることで自分に不利益が生じる。だったらその情報を自分たちにとどめておこうとするのは至極当然だろう。

4)ベネフィットが抽象的すぎて、参加する気になれない。
人はベネフィットがあるからこそ、何かの行動を起こしたいと思うものだ。Uberは「安くて効率的な移動」、Airbnbは「安くて快適な宿泊経験」を提供してくれるからこそ参加者が増え、スケールすることが出来た。しかし、それらに比べて地域SNSが謳う「地域コミュニケーション」が提供してくれるベネフィットは極めてあいまいでよくわからない。参加してみても最終更新日が2017だったりするので、アカウントを作ったらそのまま放置してしまう。これならFBでグループを作ったほうがコミュニティグループ主催者としてもやりがいがあるだろう。

地域SNSが流行るためには、開かれたグーグル、グローバルSNSのFB、即時性SNSTwitter、写真共有SNSInstagram、中古商品売買のメルカリ、等に代替されない価値が必要になるだろう。僕は既存の日本の地域SNSにはその独自の価値は感じない。だからこそ、僕は地域SNSを事業としてやろうとも思わない。

僕がFIIKAで作り出したい世界はまずはマママッチングでストレスのない、もしくはベネフィットを共有した、ママ友を見つけてもらう。その後のやりとりは、LINEやInstagramでしてもらってもかまわない。ただし他のplatformではできない独自の価値交換をFIIKAでやってもらう考えだ。プラットフォームは自己の利益最大化を目指す個人を助ける「神の見えざる手」のような存在にすぎない。ゆえにFIIKAは、既存サービスとの差別化が困難な地域SNSは志向しない。

ではその独自の価値交換は何か、はまたの機会に。

人に頼るコストをいかに下げるか

人に頼るコストは心理的に高い。多くの場合
人に頼る心理的コスト > 人に支払う金銭的コスト
になるので、多少高くても、お金を払うことで関係性を貨幣空間の中で終わらせることを望む人が多い。
つまり気を揉むコストよりも金銭的コストのほうが低いのだ。インターネット上に溢れるママ友のお悩み記事や投稿の大半は友情空間に存在する心理的コストの高さを裏付けていると言ってもよいだろう。

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多くのビジネスは貨幣経済を導入することで解決してきた。
ホテル宿泊に比べて、知人宅に無料で泊めてもらうのは気まずい。だから貨幣経済を導入したAirbnbは無料の助け合いのCouchsurfingにくらべてスケールした。
ベビーシッターマッチングのキッズラインに対して、子育てシェアのアズママの利用が伸び悩んでいる(ように見える)のは同じ理由だと推測される。
貨幣空間の関係性は友情空間の関係性に比べて心理的にただただ楽だ。あれこれ悩む必要がない。

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愛情空間に存在する、妻の実の両親に育児援助を頼む心理的コストは低い。だから実家が近ければ妻の両親に頼る。
友情空間に存在する、旦那の両親に頼む心理的コストは上がる。場合によっては、貨幣空間よりも高い。
保育園で知り合ったママ友に頼む心理的コストはもっと高い。それが面と向かったやりとりになるとさらに高くなる。

人に頼る心理的コスト > 人に支払う金銭的コスト
この不等式を逆転させるUXは何なんだろうか。
人に頼ることを簡単にするサービス。最近の僕はずっとそれを考えている。

2つの人材不足の形態

少子高齢化が進むにつれて、業界によっては人材不足が著しい。
例えば僕がいたような外資系、テック系の業界だと
-英語がわかる人材がいない
-ソフトウェア開発ができる人材がいない
などとよく言わている。

これは確かに納得感がある。歴史的に英語の必要性が薄かった日本では英語話者が圧倒的に少ないし、製造業の成功体験から抜け出せなかった日本ではソフトウェア開発者が育っていない。結果的にアメリカ、インド、中国に比べて日本では英語がわかりITリテラシーが高い層が絶対的に不足しているのは事実だ。

その一方で、納得できない人材不足の業界もある。
例えば、タクシー業界。運転ができ、お客さんを目的地まで運べる人材はいるのにも関わらず人材不足と言われている。
例えば、育児・保育業界。自分の育児経験を活用して、周りの子どもの世話をできる人はたくさんいるのに人材不足と言われている。

メディアでは上記業界の人材不足は、重労働の割に低賃金であることが問題だからなどと言われているが、本質的な問題は国家の規制にあるのだと思う。
なぜならば需要を満たすための供給が国家の規制によって制限されているからだ。

育児経験のある女性たちは、再就職先が見つからなくて悩んでいる。
育児中の女性たちは頼れる育児経験者が周りにいなくて悩んでいる。

育児経験者は自分の育児経験に市場価値があるとは思っていない。
僕は育児経験に市場価値を与え、システムで可視化し、マッチング・交換できるプラットフォームを創りたい。安心・安全はテクノロジーで担保する。

それは僕が目指す、多様で、ぬくもりがあって、お互いを尊重しあえる社会へとつながっていく。

インテンティブデザインが(ほぼ)全て

スタートアップは資金的に制約があるので開発以外の多くのタスクを創業者が行うということはよくある。
実際うちのチームもそうなっている。本来ならば僕も開発に加わりたいところだが、その他のタスクが多すぎてそれを行っていると1日が終わってしまうというのが現実だ。最近はもっぱらUXデザインに時間を費やしているが、UXデザインを行うにあたって重要な点は2つあるという結論に至った。

1) 直観的なUIデザイン
2) ユーザーの行動を促すインセンティブデザイン

日本企業、とりわけ大企業は上記2つを設計することが非常に苦手な印象だ。
スペック上の機能の開発には執着するが、そもそもその機能が使いやすいか、そしてその機能にどうやってアクセスしてもらうかの視点がかけている。
ITの導入が遅れており、かつ需要に対して供給の不足が著しい育児業界では、その重要性は一層高まる。ユーザーを動かすためのインセンティブデザインは直感的なUIよりも重要なはずだ。

多くのユーザーは創業者や会社のビジョンやミッションステートメントなんて知らないし、知る必要もない。使いやすいから使う、気持ちが良いから使う、自分にメリットがあるから使う。それだけだ。GoogleにしてもAmazonにしてもUberにしてもアメリカの会社はここがうまい。日本は根性と精神論で乗り切ろうとしてしまう。

1)どのようにして直観的に使ってもらうか。
2)供給が集まりにくい産業構造の中でどのように供給を集めるか。

これらを意識してUXをデザインすること、それはいたずらに高度な機能を追い求めるよりも大切だと感じる、今日この頃だ。

スタートアップカテゴリ追加

このBlogの目的は誰かに何かを伝えたいというよりは、自分の日々の生活を記録することを一番の目的としている。個人的備忘録が誰かのためになればよいなーぐらいのノリだ。
特に語学・プログラミング学習や、トライアスロン・マラソン、そして事業を自ら創っていくことになると、日々の記録を管理し、見直し、アクションを取っていくことが非常に重要になる。なぜならば上記は基本的に自ら好き好んでやっているので、上司に報告する義務もなければ、他の緊急案件に追いやられてしまったりする。7つの習慣で言うところの第二象限の「価値」というやつだ。

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コンサルティングファームで案件を受注しながら空いた時間で事業の立ち上げを行っている現在の状況だと、クライアントがいてマイルストーンがあるコンサル案件にくらべて、自分で開発中の事業の進捗がわかりずらいという状況に陥りがちだ。

これを打開するための1つの施策として、自分の事業立ち上げのためのブログカテゴリー「スタートアップ」を設けた。週1回以上のペースでは更新していこう。

英語は英米の発音を模範にすべき

脳科学者の茂木健一郎さんが1月10日、オフィシャルブログで「ネイティブの発音といっても、どれですか」という記事をアップしている。

https://lineblog.me/mogikenichiro/archives/8405957.html

そういう考え方があることは否定しないけれども、僕はこの考え方には反対だ。
彼はアメリカとイギリスの発音に違いがあることを例に出し、ネイティブの発音ですら違いがあるのだから、ネイティブ発音を定義するのが無理だと主張する。

困ったことに、ネイティヴの発音といっても一つではなく、たとえばぼくが一番慣れている英語のオックスブリッジの発音は、英国内ではすべてではなくて、ロンドンの下町訛り(いわゆるコックニー)もネイティヴである。

彼が上げているのはアメリカとイギリスの英語だ。それらはどちらもネイティブ英語に含まれる。
スペルを例にとれば、色をアメリカ英語ではcolor、イギリス英語ではcolourでつづる。じゃあ日本語英語のカラーならばスペルはcaraaでいいじゃないか、ネイティブですら違うんだから、とは言えないだろう。いや、言ったとして誰も認めてくれないだろう。結局英米の英語がデファクトスタンダードとなっている以上、彼らの使う英語に近づけるほうが賢明だ。ネイティブ英語内での違いと、ネイティブ英語と非ネイティブ英語間での違いは同列には比較できない。

なまっているとかそういうことは気にせずにコミュニケーションのツールと割り切るのが最適な戦略のように思われる。

結局は多様性で、正しい発音があるとか、それ以外はダメだというのは、基本ダサい考え方だと思う。

程度の問題だと思う。例えば日本人からすると難しいイギリス人の英語も多くのアメリカ人は聞き取って問題なく普通に会話をしている。逆もしかり。しかし、残念ながら日本人の英語はコミュニケーションのツールとしても支障が出るほどになまっている。僕自身も発音が問題で理解してもらえなかったことは数えきれないぐらいある。その状況に出くわしたときに、「僕の英語を理解してくれないなんてダサい」とは到底思えない。マジョリティが理解できる英語発音に近づけるほうが賢明だ。

「たとえばぼくが一番慣れている英語のオックスブリッジの発音」と言うからには、茂木さん自身がオックスブリッジのPoshな発音をされているのであれば説得力もある。しかし、彼の英語はとても早口なカタカナ英語だ。

自分の日本語英語をビビッて発信できないのはもったいない。その主張は理解できる。けれども「ネイティブですら差があるのだから、俺らだって差があっていいだろう。」という主張で結局理解されない英語を話し、不利益を被るのは日本人英語話者だ。
英語の発音は可能な限り英米に近づける努力はしつつも、大人になってからは限界があるので割り切る、ぐらいのバランスがちょうどいいのではないか。

ママの友達と友達がママ

ママの友達 (ママ友) と 友達が(偶然)ママ。
この隔たりは大きい。

ママの友達は、子供を媒介としたママのつながりだ。友達というより知り合い。
友達がママは、気の合う友達が偶然にもママだったということ。例えば高校の友人がママになったなど。

俗にいうママ友は前者の子供を通じたママの友達を指す。ただ信頼関係を構築するためには、友達がママというように主従関係を逆転せねばならない。

テクノロジーがこれを可能にするというのが今時点での僕の仮説だ。

挫折とは優雅で甘美な称号である

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「趣味は挫折です。」
このような発言を合コンの場でしたら女性には惹かれるだろう。ただ僕は挫折は優雅で甘美な称号だと思っている。なぜならば僕は挫折とは下記のとおりだと考えているからだ。

挫折 = (理想 - 現状) x 挑戦

つまり理想もなく現状に満足している人間は挫折はしない。それは現状維持の人間だからだ。
また挑戦をしない人間も挫折はしない。それは口先だけの夢想家だからだ。

挫折とは、理想を持って現状に甘んじることなく挑戦したものだけに与えらえる優雅で甘美な称号なのだ。

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学部時代TOEIC350点だった当時の僕は卒業時にTOEICで900以上とれるなんて思ってもみなかった。
ソフトウェア開発者だった当時の僕は戦略系コンサルティングファームに入れるなんて思ってもみなかった。
純ジャパで大した経歴もない当時の僕はオックスフォードでMBAがとれるなんて思ってもみなかった。

僕は2019年の抱負を多くの挫折をすると決めた。
高い理想を持ち、多くの挑戦からの挫折を経験することで、気づいたら現状が数年前の理想に追いついていたりする。僕はこの魔法の法則をずっと身をもって体験してきた。

理想を持って挑戦し、挫折を経験してきたからこそ今の自分がいる。
僕は夢を持っている。それはあまりにも壮大で滑稽だと人々に笑われるかもしれない。ただ僕はこの魔法の法則を知っている。

今日からまた挫折をしよう。それは優雅で甘美な称号なのだ。

プログラミング再び

大企業を辞めてスタートアップを始めると自分でやらなくてはいけないことが一気に増える。
それは自己の知的好奇心を満たすためや、自己の成長のためには非常に役立つ一方、記録しておかないと自分の進捗が見えてこない。またアウトプットとして記録することは自分へのモチベーション向上にもつながる。テクノロジー関連の記事はまだ何も書いていなかったので、今後はこのカテゴリーに記事を更新していくことを1つの進捗確認としたい。

僕は一応国立大学の理系修士課程を修了しているが、ビジネス系職種歴やプロジェクト管理歴が長かったこともあり、プログラミング能力には長けていない。週末にPHPRubyを触る程度だ。その主な原因は才能に起因するものというよりも、費やした時間によるものが大きいと思っている。
たとえば僕はエクセルが得意だ。しかし、コンサルに入るまでは基本的な関数すらしらなかった。エクセルを多用するDue Diligenceのプロジェクトでは評価がUnder expectationだった。それが毎日、上司に詰められながら、週末深夜まで作業することで劇的に得意になった。僕はプログラミングにはここまの時間を費やしてはいない。

今日はDeployGateでiOSAndroidを配布できるようにした。明日は実際に自分でiOSをビルドしてDeployできるようにしたい。どんなアプリでも実機で使えると愛着が倍増する。1万時間の法則のように費やす時間を増やしていこう。